初めまして、株式会社ながせ代表取締役の石川裕基と申します。
さて「社長の履歴書」という内容でひとつ文章を書こうという事になったのですが、考えてみるとこれがなかなか何を書いたらいいかまとまらない。
ましてや第一回という事で、何を書いたらいいのか非常に悩ましいところなのですが、まとまらないながらも何か書き始めなければ進まないということで、ひとまず筆を走らせてみようと思います。
今となっては決して卑屈になる事ではないのかもしれませんが、私は幼少期から学生時代にかけて、俗に言うとスペックの高くない人生を送っていたと思います。
学力は至って普通で、運動が特別に出来るわけでもなければ、クラスのリーダー的な存在とは程遠く、特に目立つ事のない冴えない学生生活でした。
人並みに友達は居たと思いますが、今でも仲良くしている昔の友人がいるわけでもなく、正直生まれ育った地元にはあまりいい思い出もありません。
こんな自分ですので、幼少期や学生時代の私を知る人から見たら、今の私の状況は想像すらつかないのではないかと思います。
履歴書という事でそんな過去を思い返していたところ、逆に現在ある程度自分に自信を持っていられるようになったきっかけは一体何だったのだろうと疑問に思い、その答えを自分なりに考えてみました。
するとそこには間違いなくある一つのきっかけがあったので、今回はそのきっかけについて思っている事を書こうと思います。
弊社副代表の佐藤についての話になります。
彼と出会ったきっかけは、母校の名城大学で同じクラスになった事です。
初めはクラス内での友人グループも異なったため、お互い名前や顔は知っていたという程度で、賢い高校出身の人、くらいの認識でした。
大学2年目から3年目の頃に、サークル活動(天文同好会という名ばかりの緩い飲み会サークル)で少し仲良くなり、お互い他愛のない話で盛り上がったりした記憶などはありますが、当時は今のような一緒に会社を経営し苦楽を共にする仲間になることまでは全く想像もしていませんでした。
そしてお互いに大学を卒業し(私は少々遅れて卒業しました笑)社会に出てから数年後、当時私が就職して勤務していた会社を紹介した事がきっかけで、再び頻繁に会うようになり仲が深まっていき、現在に至っています。
佐藤と私は、性格が真逆だとお互いにいつも話しており、自分がアクセルなら佐藤はブレーキと例えています。
佐藤は「石川君は自分にない部分を持っていて、自分には絶対に真似出来ない事が出来る人だ」と言います。
経営において、時には思い切ってやってみないと進まない部分を、躊躇なく進む事が出来る人だと言います。
確かに挑戦してみない事には結果は出ないので、そう言われるとそうなのかと自分でも納得しています。
ただ、それは逆もまた然りで、紛れもなく佐藤が自分の苦手なブレーキとしての役割を果たしてくれているから、安心してアクセルを踏む事が出来ると思っていて、自分にとっては佐藤がいるからこそ成り立っている部分というのがたくさんあります。
学生時代スペックの低かった自分を持ち上げて支えてくれて、今自分が少なからず自信を持っていられるのはまさに佐藤の力が大きいと思っています。
私や佐藤の共通した考え方の一つに「今が過去を決める」というものがあります。
過去の全てが現在の自分になる為の布石だったのだと考えると、うだつの上がらなかった過去でさえ良かったと思う事が出来ます。
佐藤との出会いは紛れもなく今の自分を輝かせてくれている大きな要因です。
今回は第一回ということで、弊社の副代表であり親友でもある佐藤との出会いと現状について書いてみました。
一緒に会社を経営していると言っても、お互いの考える今後の方針や目標などにおいて考え方の異なる部分はたくさんあり、喧嘩になることもしょっちゅうあります。
ただそれはお互いが会社のことを真剣に考え、お互いのことを真剣に考えた故の結果であることはちゃんとわかっているので、お互いが腹の底から納得するまで自分の主張と相手の主張を真剣に言い合うことが出来ています。
それについても追々書いていけたらいいなと思っていますが今回はこのあたりにして、普段あらためて感謝を伝える機会もなかなかないので、この場を借りて感謝の意を込めて終わりとしたいと思います。