世の中には様々な効果の薬がありますが、基本的には1つの成分につき、ある特定(例えば、高血圧など)の効果に絞って開発されています。しかし、開発過程や臨床試験、場合によっては販売後の治療中に、開発者も意図していなかった思わぬ効果が発見されることがあります。それらの多くは副作用や有害事象として認識され、重大な健康被害が出た場合は薬害となってしまい、薬自体がこの世から消えてしまう原因になることもありますが、まれにその想定外の効果自体が新しい効き方として認められたり、そちらの効果をメインとした薬に生まれ変わったりすることがあります。また、使い道があまりなかった薬でも、新しい効き方が発見されることで復活を遂げる場合もあります。
今回は元々の効き方と異なる使い方が開拓された薬として、「アビガン」を紹介します。
アビガンは元々、インフルエンザ用の薬として開発されましたが、実験段階から催奇形性などの重大な副作用が確認されていたため、致死率の高い「既存の薬が効かない新型・再興型インフルエンザ」にしか使えないという制限が設けられました。そのため、普通のインフルエンザ患者様に対しては病院などから処方できず、国が非常事態のため備蓄をするのみという状態になっており、巨額の費用を投じて開発した富士フイルムは大赤字を抱えることになります。
また、コロナが流行ったころにアビガンがコロナウイルスに効くのではないか、と期待された時期もありましたが、あまりいい結果が出ず、こちらの研究も頓挫してしまいました。これにより、アビガンは研究費がかさみ、さらに負債を増やすことになりました。
このまま消えていくのみかと思われたアビガンですが、あるとき転機が訪れます。近年、東アジアで流行しつつある「重症熱性血小板減少症(SFTS)」に対してアビガンが有効であることがわかったのです。SFTSはマダニによって媒介されるウイルス性の感染症で、致死率が10~30%と高く、これまで有効な治療法もなく、対症療法が行われるのみでした。多くの製薬会社が世界初の抗SFTS薬を開発しようと躍起になりましたが、富士フイルムは敢えてこれまで使い道のなかったアビガンに注目しました。アビガンはインフルエンザの症状(発熱や関節痛など)そのものに効果がある訳ではなく、インフルエンザウイルスの増殖を抑えて症状を悪化させない、感染を広げないことを目的に開発されています。その作用が、SFTSウイルスにも見事合致し、アビガンはSFTSに対して世界で初めて有効な薬として認められ、大逆転の道が開けました。
まだまだ日本では症例の少ないSFTSですが、今後アビガンが多くの人の命を救うことを期待したいです。
※以下補足です。
アビガンの効果
アビガン(成分名:ファビピラビル)は元々、既存の抗インフルエンザ薬が効かない新型や再興型インフルエンザに対する薬として開発されました。これまでよく使われていたタミフル(成分名:オセルタミビル)やイナビル(成分名:ラニナミビル)は細胞内で増殖したウイルスが細胞外に出ないようにするノイラミニダーゼ阻害薬という分類です。この系統の薬はウイルスを細胞内に留めることで感染拡大を抑えることはできるものの、ウイルスの増殖自体を止めることができず、感染者の症状悪化はあまり抑えられないという欠点がありました。アビガンはそれらとは異なり、ウイルスの遺伝子を複製するRNAポリメラーゼの働きを阻害し、ウイルスの増殖自体を抑えることで症状悪化と感染拡大の両方を抑えることができます。ただし、アビガンは催奇形性等の重大な副作用も確認されており、現状インフルエンザに対しては「既存の抗インフルエンザ薬が無効の新型・再興型インフルエンザ」に対して国が認めた場合にしか使用することはできません。
そんな形で少々使いづらい薬として国の倉庫の肥やしとなっていたアビガンですが、2024年6月、世界初の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)治療薬として認められました。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)とは?
重症熱性血小板減少症候群(以下、SFTS)は、マダニによって媒介されるウイルス性感染症です。2009年に中国で発見された新興感染症で、SFTSウイルスに感染すると1~2週間の潜伏期間の後、発熱、倦怠感、消化器症状などの目に見える症状や、血小板減少、白血球減少などの血液検査をしないとわからない症状が現れます。症状が進行すると血小板減少に伴う出血や神経症状を経て、最悪の場合2週間程度で死に至る恐ろしい病気です。致死率は10~30%程度とされており、高齢の方ほどリスクが高くなります。東アジアを中心に年々感染者が増えており、これまでは対症療法しかできませんでした。その状況を打破するため、SFTSウイルスに効果がある薬の開発や既存の薬で効果のあるものを探していたところ、アビガンが有効なことがわかり、世界に先んじて日本で使用可能になりました。SFTSウイルスに対してもインフルエンザウイルスと同様、RNAポリメラーゼの働きを阻害することでウイルスの増殖を抑えることで効果を発揮します。