「相手の立場に立って考える」の本当の意味
私は相手の立場に立って考えることの大切さについて、社員であったり、特に管理職に当たる立場の人によくお話しします。
これ自体はコミュニケーションスキルとして一般的にもよく言われているものなので、意識して使っている方も多いのではないかと思います。
人は自分の価値観や経験だけを基準にして物事を判断してしまいがちです。
しかし、コミュニケーションとは相手がいて初めて成り立つもので、だからこそ、この人は今どんな気持ちだろう?とか、なぜこんな言葉を使ったのだろう?と想像をする力は、人間関係を円滑にするために欠かせないと思います。
この考え方は、経営者としても、上司としても、家族との関係においても、どんな場面においても非常に重要な考え方です。ただし、この考え方には一つ落とし穴があります。
今回はもう一歩進んで、その落とし穴についてお話をしようと思います。
ある程度人とのコミュニケーション論を理解している人は、相手の立場に立って考えるという事がどれほど大切な事かなど重々理解しているはずというのは先ほども書いた通りで、実際に普段の仕事や生活においてこの考え方を意識して取り入れている人は多いと思います。
ただ、残念ながらこの考え方の本質を正確に理解せず使っている人が実際には多くいるように感じます。
ではこの考え方の本質とは一体どういう意味でしょうか?
それは、相手の立場に立って考えるという行動をとった際に、フラットに考える事が出来る人とマイナス前提で想像してしまう人とで大きく意味が違うという事です。
例えば、メールなどの返信が遅い相手に対して「嫌われているのかもしれない」と考えたり、他人からの善意を「この親切には何か裏があるに違いない」と疑って受け取ってしまうような事です。
これらは一見すると相手の立場になってちゃんと考えられているように見えますが、実は違います。
これは相手の気持ちを想像しているのではなく、ただ自分の不安を相手に投影してしまっているだけです。
人は不安が強いと、物事を悲観的に捉える傾向があります。
これは、用心深いと言えば聞こえはいいですが、その本質はただ自分の不安を相手に責任転嫁しているだけに過ぎません。
そもそも相手は初めから何も悪く考えていないのに、こちらが勝手に警戒し、距離を取り、防御的になる事で、結果相手にも悪い印象を与えてしまい、本当に関係が悪くなってしまう恐れがあります。
相手の立場に立つとは、なぜそう考えたのだろう?どんな事情があるのだろう?と自分の想像力をフル回転させて考えうるたくさんの可能性を広くフラットに考えることです。
決して、悪意がある可能性を初めから疑ってかかることではありません。
私は人間関係において、事実と想像を分けて考えることを意識しています。
相手の本心など実際に聞いてみなければ絶対に分かりませんし、たとえ聞いたところでそれが本心なのかどうかさえ結局のところ分かりません。
だからこそ、まずは悪い前提を置くのではなく、フラットに相手を理解しようとする姿勢が非常に大切だと思っています。相手の立場に立つことは、人を信じるための技術です。
初めから疑う前提の技術になってしまった瞬間に、その力は逆効果になります。
「相手の立場に立つこと」と「相手の心を勝手に決めつけること」は、意識をしなければその違いが自分ではなかなか認識出来ません。
コミュニケーションにおける不安を相手に転嫁する事をせず、本当の意味で相手の立場を考えて、正しく有意義なスキルとして使っていきたいですね。